よくわかる投資用不動産の必要性
現在、日本の家計に積み上がっている莫大な金融資産は「政府から国民への贈与」に該当するといえる。
90年代以降の日本政府が(ストップゴー政策で、規模的にも不充分だったにせよ)景気対策を継続してくれなければ、日本も大恐慌時のアメリカ同様に、ストックが崩壊する局面を迎えた可能性を否定できないのである。
大恐慌前のピークとなった28年第4四半期、アメリカの加盟銀行の総資産額は483億ドルであった。
それが5年後の33年第2四半期には、330億ドルにまで激減してしまった。
何と、マネーストックが3割以上も減ってしまったのである。
この、大恐慌時のアメリカ加盟銀行における、ストック激減の主因は一体何だろうか。
バランスシートの反対側、すなわち(資産側)を見れば誰でも一目で理解できる。
図1-10が図1-9の裏面、すなわちバランスシートの資産サイドをグラフ化したものである。
大恐慌時にアメリカの加盟銀行において、ストックが激減した主因は、民間への貸付金が崩壊状態に陥ってしまったためだ。
景気の落ち込みがピークを迎えた35年には、加盟銀行の民間向け貸出金は大恐慌572つのアメリカ図1-10アメリカの加盟銀行資産推移1927年・1941年(単位:100万ドル)前の半分以下にまで落ち込んでしまったのである。
明らかに恐慌経済下にあったにもかかわらず、アメリカ政府までもが支出拡大に踏み出さなかったため、「フロー減少。ストック減少。フロー減少」の悪循環が、一気に進んでしまったのだ。
33年に就任したルーズベルト新大統領の下で、ようやく政府の国債発行(銀行から見ると「政府向け投資」)と財政出動の拡大が始まった。
公共投資を中心とした大々的な景気対策、いわゆるニューディール政策である。
実は、その後のルーズベルト政権も、90年代以降の日本同様に「ストップゴー政策」の罠にはまってしまった。
財政出動により景気斤βが少し上向くと、すかさず「財政健全化」の声が大きくなり、景気対策を縮小してしまったのである。
図1-10だけではよく分からないかもしれないが、加盟銀行の政府向け投資、すなわち米国政府が発行した国債の購入は、37年以降に一時的に減ってしまっている。
国債発行残高の減少とは、景気対策の終了である。
当時のアメリカ政府が景気対策を終了したのは、わずかながら民間企業への貸付金が増えたためである。
つまり、民間企業の資金需要が反転した事実をもって、ア来リカの景気は底を打ったと判断してしまったわけである(まさしく97年の橋本政権そのものだ)。
民間への貸付金が増えたとはいっても、実際には「政府の公共投資拡大」に引っ張り上げられた局面が大きかったのだ。
民間への貸付金増加を理由に、アメリカ政府が財政出動を減らした結果、民間企業は再び負債を減らす(二フロー上で投資を減らす)道を選んでしまった。
せっかく回復しかけたアメリカ経済全体も、再び恐慌に逆戻りしてしまった。
2つのアメリカ当たり前だが、再び悪化した不況に驚き、ルーズベルト政権は慌てて財政出動を再開した。
まさしく、日本と同じストップゴー政策というわけである。
結局、大恐慌後のアメリカにおける加盟銀行から民間への貸出金は、同国が第2次世界大戦に参戦した41年に至っても、大恐慌前の水準を回復することはなかった。
マネタリーベースだけが増大してもGDPは1ドルも増えない「バランスシート不況論」で有名なリチャード・クー氏は、09年8月に刊行した『世界同時バランスシート不況金融資本主義に未来はあるか』(徳間書店)において、「マネーストックが増えた結果、アメリカ経済は大恐慌から回復した」と主張するバーナンキFRB議長への懸念を表明している。
確かに負債側(図1-9)だけを見ると、マネーストック(加盟銀行の預金)が増えた結果、アメリカ経済が恐慌を脱しようとしているように見えなくもない。
だが、資産側(図1-10)に目を移すと、「なぜマネーストックが増えたのか」は7()一目瞭然だろう。
政府が財政出動を拡大した、すなわち加盟銀行の「政府向け投資」が増えたからこそ、マネーストックが拡大したのだ。
データを見る限り、「マネーストックが増えた結果、景気が回復した」のではなく、「(財政出動で)景気が回復した結果、マネーストックが回復した」としか考えられないわけだ(要するに卵とニワトリの関係なわけだ)。
だから、現在のアメリカが「金融緩和によりマネーストックを増やせば、恐慌経済から脱出できる」と考えた場合、失敗する可能性が極めて高い。
民間需要が減少している中、政府がマネタリーベースをどれだけ拡大したところで、マネーストックが増えるとは限らない。
金融債和の影響で銀行のマネタリーベースがどれだけ増大しても、フロー(GDP)は1ドルも増えないのだ。
そもそも、金融政策のみで恐慌経済から抜け出すことができないという事実は、バブル崩壊後の日本の経験が証明している。
恐慌経済とは、要するにデフレである。
小泉政権下において、日銀はゼロ金利に7_72つのアメリカ加え、量的緩和政策を拡大していった。
すなわちマネーストックを増大させることで、デフレ脱却を図ったわけだ。
しかし、現実には日銀がどれほどマネタリーベースを増やしても、日本のデフレ問題を解決することはできなかった。
日本が金融政策(利下げや量的媛和)でデフレ脱却を果たせなかった理由は、複数あると考えられる。
ひとつ日は「市場利子率が投資効率を上回っている」環境下では、そもそも企業の資金需要自体がないため、中央銀行が市場にお金をジャブジャブに行き渡らせても、企業への貸し出しへは向かわないためだ。
恐慌経済下では、中央銀行が量的緩和によりマネーストックを高めようとしても、お金は銀行などの金融機関で凍りついてしまう。
また、現在の日米欧諸国のように金利をゼロに引き下げても民間投資が回復しない場合、その時点で金融政策は効力を失ってしまう。
あまりにも金利が低すぎ、資産を貨幣で持とうが債券で持とうが、収益性が変わらなくなってしまうのである。
いわゆる「流動性の罠」だ。
特に、「市場利子率が投資効率を上回る」極端な環境下では、リスクを考えた場合に、貨幣で資産を保有した方が実質的に得になってしまう。
デフレ下においては、貨幣の価値は高まる一方なのである。
このような向きを「貨幣愛」と呼ぶが、少なくとも現在の日本は、この「貨幣愛」が異様な水準にまで高まっていると思われる。
そもそもの問題は恐慌経済により、資金「需要」がないことである。
だから資金「供給」を増やしたところで意味はないのだ。
日本の例を見ると、日銀の量的緩和が行われていた時期は、銀行の貸出態度DI(指数)がプラス化しているにもかかわらず、貸付金の方はさっぱり増えていない。
銀行側が「お金を借りてほしい」状態にあっても、企業側はお金を借りようとしなかったわけである。
デフレ下で資金需要がない以上、当たり前といえば当たり前だが。
また、バブル崩壊により資産デフレが発生すると、資産の担保能力が低下する。
ただでさえ多くの不良債権を抱えている銀行は、特に返済能力が低下した中小企業に対する融資に遽巡する傾向が出てくる。
いわゆる貸し渋りである。
大企業はデフレゆえに資金需要がなく、中小企業には不良債権化を恐れた銀行側のアメリカが融資に踏み出せない。
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